夏研 研修 過去の大会 44回大会

44回大会(夏研)Cコース(低・中学年 絵)

水彩絵の具と「コベツサイテキ」

早稲田大学 大泉 義一

オンライン参加のみなさまへ:ご準備いただきたいもの
① 水彩絵の具セット(太い丸筆1本,8色以上の絵の具,パレット,筆洗,雑巾)
② 八つ切り画用紙3枚程度
③ 色鉛筆かカラーペン(ご自宅にある描材でOK)
④ はさみ
⑤ のり(接着剤,ボンドタッチでも可)
⑥ セロハンテープ

1.「個人用水彩絵の具セット」…この悩ましき用具

 

はじめて「個人用水彩絵の具セット」を使い始める小学校2・3年生。

子どもたちは,ピカピカの用具にワクワクしつつも,「どうやって使えばいいのかな?」と緊張気味です。

一方,指導する先生も,「最初が肝心」だし,学習指導要領には中学年に対する用具の扱いの指導の要点として「適切に扱えるようにする」と書いてあるし,しっかり教えなきゃ・・・と気合十分。

そうして先生は 『もっと水を足して!』『筆は立てて!』『そんなに混ぜたら汚くなるでしょ!もぅ!』とまゆ毛をつり上げての指導となっていきます。

いつもと様子の違うそんな先生に,子どもたちはおびえ…。

初めての本格的用具!ワクワクのはずが…

2.絵の具を「適切に扱う」とは?

「水彩絵の具」を適切に使うためには,いったいどのような技能が必要なのでしょうか。

まずは使い方について考えてみましょう。・・・「筆の使い方」「パレットの使い方」「筆洗の使い方」「雑巾の使い方」「用具の並べ方」「絵の具の出し方」「絵の具に水を混ぜる量」「絵の具を筆につける量」「筆への水の含ませ方」などなど,まだまだありそうですよね。さらにそれらの「使い方」には,より細かな内容が含まれています。例えば,「筆の使い方」と一口で言っても,「筆の持ち方」「筆の選び方」「筆さばき」など,考えたらキリがありません。さらに「絵の具の量」「水の量」「それらの配分」などと言い出したら,<変数×変数>の組み合わせになるので,それらを正確に教えるためには,お料理のレシピのように『水〇mlに絵の具〇mlをよく混ぜて…』のようになってしまいそう。

 こうなってくると,先ほどの子どもたちと先生の様子になってしまうのも無理はありません。

何と多くの「知識」が必要か!

3.「適切に扱う」と「表し方を工夫する」の関係

 では,どうすればよいのでしょうか?

 まず明白なのは,私たち教師が,子どもたちに伝えることができることは限られているということ。「・・そんな無責任な!」と思う方もいるかもしれませんが,そもそも図画工作科における「表現」という学習活動は,教師による他律的なものではなく,子どもがする自律的な活動であり,それは「技能」においても同じです。ここはひとつ,子どもの自律性にゆだねることはできないでしょうか?

 そのためには,「適切に扱う」の「適切さ」には,用具を“正しく使う”ことと“自分なりに使いこなす”ということの両面があることに気付くことが必要です。私たちは,どうしても“正しく使う”ことに目が行きがちですが,“自分なりに使いこなす”ことこそが,子どもが「水彩絵の具」を「適切に扱う」ためのカギとなるのです。それは,学習評価における「技能」にある2つの面=“用具を扱う”と“表し方を工夫する”と合致するものです。

4.『色のレース』で考える

 絵の具の色を選んで,画用紙を一周させてみましょう。テーマは『レース』でも『線のお散歩』でもいいですね。途中で絵の具や水を足さずに,一気に一周できるようにしてみましょう。すると自然に,絵の具の量や水加減を「自分の感覚」で調整するようになります。もちろんここでの量や加減は人それぞれ。よく言われる「平塗り」や「薄塗り」も,「自分の感覚」でしかありません。ある人にとっての「薄塗り」が,他の人の「平塗り」にほとんど近い場合もあります2

 さらに「やってみようかな?」という気持ちから,絵の具という用具の自分なりの扱い,すなわち技能が生まれてきます。それは自分が実際に行ったことによる経験や自分の感覚を生かすことから生まれてくる「わざ」のようなものであり,「習得」というよりも「会得」と呼ぶにふさわしい学びの姿です。そして,それこそが,図画工作科で大切にしている「創造的技能」なのです。

こんなことでいいの?と思うなかれ

5.図画工作科における「コベツサイテキ」

 以上のように『色のレース』の活動には,水彩絵の具を適切に扱う技能における“正しく使う”という面と同時に“自分なりに使いこなす”という面を大切に指導しようとする意図があります。

 実は,ここから図画工作科にとっての「コベツサイテキ」の特質が見えてきます。「個別最適な学び」とは,「個に応じた指導」を子どもの視点から整理したものであり,この「個に応じた指導」には「指導の個別化」と「学習の個性化」の2つの面があると言われています3。「指導の個別化」では子どもの学びの実態に応じた教師の努力が必要ですが,「学習の個性化」は,子ども一人一人の違いが前提になっているので,その違いに対する指導には限界があります。ゆえに『色のレース』の指導においては,一人一人の「感覚の違い」に学びを委ねることができる「環境」を用意しているのです。

 この「環境を用意する」ということ,すなわち「学習環境デザイン」が,図画工作科における「個別最適な学び」を成立させるための「個に応じた指導」の特徴であると言えるのではないでしょうか。「指導の個別化」とは,一人一人に即応する教師の誠実さだけを指しているのではないのです。

 1 2011年児童造形教育研究会夏の研究大会要項より抜粋

 2 同上

 3 「新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について(答申)」2019年

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