武蔵野市立大野田小学校非常勤講師 堀井武彦
新潟県の冬の小学校と栃尾の油あげ
冬の新潟県へは、プライベートのスキーを除くと、教育関係の仕事として来たのは今回が初めてでした。かつて上越教育大学附属学校の研究発表会に参会したのは秋頃だったので、北国の雪景色の学校舎を訪ねる経験は、山口県出身の私にとっては新鮮だった。
また、会場校のある長岡という地名は、昭和世代には、田中角栄首相の出身地として記憶に刻まれています。そして、今回の新体験は、懇親会で「栃尾の油あげ」を味わったことでした。厚手の心地よい歯ごたえのある触感やうま味に舌を持っていかれました。それ以来、食材の買い物の際には、必ず「栃尾の油揚げ」をチェックする癖がついてしまいました(笑)

「せんのぼうけん」の「構成主義」的展開について
美術教育における「構成主義」という教育思想を検索すると、学習者が受動的に知識を受け取るのではなく、自らの体験や他者との対話を通じて意味や知識を構成(構築)」していく学習観です。
とあります。さらに具体的には、
今回のワークショップ「せんのぼうけん」では、線の始まりと終わりをシールで規定し、その間を「ぼうけん」のイメージと重ねながら、思いのままに絵の具を伸ばしていく(途切れさせない)という活動を設定しました。この設定に、このような問いが立ち上がりませんか?
構成教育(造形教育): 造形操作(組み立てる、組み合わせる)を通じて、論理的・構造的な思考力を養う教育手法。



「なぜ、シールで始まりと終わりを規定するの?」
「教師の設定が子どもの主体性(自主性)を抑制していなか?」
「子どもを真ん中においた教育」、「美術表現=自由」という理念に基づくならば、活動主旨を念頭に置いた導入後、児童の自発的、主体的活動の展開を促すのが筋であることは承知しています。一方で、日々の授業において、設定された導入に則て活動が展開するのは、私の経験則としては、全体の1割くらいであろうと捉えています。したがって、指導者は児童の実態に寄り添い、状況に応じて支援するわけですが、それを経ても活動主旨を捕捉できる対象児童は、全体の4~5割程度でしょう。また、他児童の活動を見ながら(学び合いを含む)、活動の主旨を視覚的、直覚的にさらに4割の児童が捉えていく。最終的に1割の児童にはほぼ1対1で支援していくことになる。これは、あくまでも私の経験則による見立てです。



「絵に表す」活動を児童一人一人の思いを具現化することを理想としたいところですが、我が国の小学校学級定員は、2025年度やっと35人になったところ。まだ、欧米の平均より10人も多い。それを一人の教師が背負うのは、困難が多いと考えます。それを踏まえるなら、本題材で試みた「構成教育」の構造をを埋め込んだ実践は、「自由」を抑制するという表象的な機能よりも、造形操作を基盤とした創作活動の展開を促す芽が埋め込まれているのではないかと考える次第です。
「何を、どのように表していいかわからない」という、我が国の美術教育が背負ってきた課題を今、問い直してみたい、というのが今回のワークショップの主旨でした。 「絵に表す」活動と「表現の自由」との緊張関係について、共に考えていただけましたら幸いです。



